ミイ・ケイ兄弟とふうちゃんにしぃちゃんが加わり、保護猫4匹は今日も元気!60平米のわが家で狭いながらも楽しく暮らしてまーす!
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新生活 エピソード1
2007年09月29日 (土) | 編集 |
さてさて ミイとケイ+ふうの三匹の新生活がスタートしたわけですが・・・。

●ふうちゃんにとってミイとケイは「敵」だった。

なんか悲しいサブタイトルですが 先住猫がいる場合 先住猫にとっても 新入りの猫にとっても 相手さまは 「どんなやつなんだろう、怖いなあ、お母さんはどうするんだろう」と思っていると思います。

ミイとケイは生まれてこれまで一度も 外で生活をしたことが無いので おそらくふうちゃんを 同じ仲間、同じ生き物以外と認識したことでしょう。 「この生き物はなんだ?」という感じ。

ふうちゃんは2-3ヶ月(厳密には不明)は過酷な環境下で 怖い思いをしながら 空腹に耐えながら 雨や風などをしのぎながら 生活していた期間があるので 「こんなやつらに負けてたまるか」という気持ちがあったと思います。

3匹を同時に家の中で自由にさせた当初は衝突もありました。

ミイとケイがふうちゃんの匂いをかぎたくて傍によると ふうちゃんは後ろ足で立って 両手を振り上げて ミイとケイに飛び掛ろうとしました。 その時の顔と声ったら 鬼のようでした。

ミイとケイはびっくりして遠くまで走り逃げます。 かと言ってミイとケイはやり返すということは一切ありませんでした。 恐らく どう対応していいのかわからなかったのだと思います。

ふうちゃんはミイとケイの気配を感じると反射的に「ウー、フー、シャアー」といつもうなり声を上げていました。 単に怖いからだと思います。 でも このままでは いつまで経っても 仲良くなれないと思い 私がその声を上げた時にすぐに ふうちゃんに「ダメ!ダメ!」と大声を上げて制止しました。 うなり声をやめた後すぐに やさしい声で「ミイとケイはふうちゃんに何もしないよ。 ふうちゃんがそんな声を出したら ミイとケイは仲良くできないよ。 ふうちゃん そんな声出さないで。」と言い聞かせました。

それでもなかなか直らず ある日 私がフー、シャアーとうなっているふうちゃんに同じように ウー!ギャアー!と大声を上げて ふうちゃんの顔を抑えました。 ふうちゃんも私の手に噛み付き 爪を立てて抵抗しました。 それでも私はふうちゃんがやめるまで やめませんでした。 ふうちゃんは私がいつもよりもすごい勢いで何かを言っていると悟ったのか ぴたっとうなるのをやめました。

その後すぐに抱っこして「ふうちゃん、ふうちゃん うなるのやめたね、お利口さんだね。」とやさしく声をかけ 部屋を2-3周歩きました。

こんなことが5-6回あったでしょうか、 その後はふうちゃんはミイとケイには決してうなり声をあげなくなりました。 私の日本語を理解したのだと思います。


16-H190928.jpg


ミイとケイにうなり声を上げなくなったふうちゃんですが・・・別のトラブルが・・・

次回に続く。




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ふうちゃんのケージ
2007年09月26日 (水) | 編集 |
今はふうちゃんとミイとケイはごく普通に暮らしています。 そう このようになったのは最近の話で そして 今どんどん 一体化していっているように思います。

動物病院の先生は新しい猫を迎える時は 新しい猫を1ヶ月間位ケージに入れて 慣れさせてそれから 様子を見ながら ケージの外に出した方がいいですと アドバイスをくださいました。

ふうちゃんも抜糸が終わり さてどうしようかと考えました。

約5畳の部屋で生活していたのに いきなり狭いケージの中で生活するのはとても忍びなかったです。 もし自分がそうなると思ったら とてもとても できないなぁと思いました。

そして 苦肉の策で ケージは狭すぎるから 大きなテーブルに周りを農家で使う「アニマルよけの網」を張って その中に猫ベッドとトイレを準備し ご飯は時間になったら差し入れるということにしました。

15-H190926.jpg


上の写真は使わなくなった時の写真なのですが ケージとして使っていた時は手前が網で後ろは壁につけていました。 つまりこの写真はひっくり返っているわけです。 わかりますかな? そしてその中にベッドとトイレを置いておりました。

網越しにふうちゃんのみの「フゥー!シャアー!」は相変わらずで ミイとケイも網の前に座りこみ ふうちゃんを一日ながめていました。

1日のうち2-3時間 ふうちゃんをケージの外に出し 部屋の探検をさせました。 その時 ミイとケイはふうちゃんと接触しないように 別の部屋に隔離しました。

これは大体1週間くらいです。


その次のステップとして ふうちゃんをケージから外に出し ミイとケイとふうちゃんを同時に同じ部屋にいるようにしました。 ミイとケイは傍によって匂いをかいでみたいらしいのですが ふうちゃんは自分の1m以内に寄られると「フー!シャアー!」の嵐、そして 後ろ足で立ち上がって ミイとケイに猫パンチをくらわせようとしました。 もちろん ミイとケイはあわてて逃げるので 猫パンチは空ぶりなんですけど・・・。

ふうちゃんもケージの外に出たがり 出すとうれしいのだと思いますが なんせミイとケイがいるので 100%安心しているわけでもなく 疲れると自分でケージに戻って 眠りこんだりしてました。

ケージはただのテーブルなので ずらすと すぐに外に出られるようになってました。

この時はもう外でご飯を食べるようにしてました。 但し夜は私も寝ちゃうし何かが起きても大変なので 必ずふうちゃんをケージにいれて寝ました。

これも大体1週間くらいです。

要約するとこんな感じ・・・

8月26日(抜糸した日)~1週間:
ふうちゃん専用ケージに入れてました。ケージの中で寝て ご飯食べて トイレという感じ。 但し ミイとケイは別室に隔離して ふうちゃんを1日のうち2-3時間はケージの外に出しました。

9月2日から1週間:
ケージはそのままにして ふうちゃんをケージの外に出し ミイとケイも別室に隔離せず 自由にしておりました。 ご飯はケージの外で。 猫ベッドとトイレはケージの中で。 ケージには自由に出入りできるようにしておきました。 但し夜はふうちゃんを必ずケージに入れました。


ミイとケイはこのケージが 「VIP専用」だと思ったようです。 自分たちも中に入りたくて入りたくて ケージの傍に座っていたようです。

ケージが開き ふうちゃんが外に出ると ミイとケイはつかさず ケージの中に入り 匂いをかいで 満足すると ケージの中で寝そべっていましたもん。

この後が本当におもしろいんですよ! ふうちゃんとミイとケイの生活の始まりなんですけど いろいろな話があるんですぅ!

では 又明日。


ふうちゃんの手術から抜糸まで一週間
2007年09月25日 (火) | 編集 |
ふうちゃんを 18日の夜に3階に上げました。 北側の部屋は約5畳ほどのフローリングの部屋で 主人の寝室でした。

ドアなので ドアを開けっ放しにし 網戸をたてかけました。 ミイとケイとは網戸ごしの対面となるわけです。

明日は避妊手術だし すぐには一緒にできないし とりあえず 手術後抜糸までの間はこのような環境ですごさせることにしました。

ミイとケイはかなりびっくりしたようで 網戸ごしに 座り込み 寝そべり そこを離れないで ずっとふうちゃんを観察していました。

ふうちゃんも 網戸ごしに ミイとケイを見ておりましたが 「フー!シャアー!」威嚇しておりました。 ミイとケイは威嚇されたことがないせいか どうしていいかわからず 「おっ! 声をあげたぞ!」というように ふたりで顔を見合わせるというような感じでした。

19日昼過ぎから手術なので 18日夜8時以降は食事は食べられない為 たくさんたくさんその前に食べさせました。 ふうちゃんも たらふく食べ その夜はぐっすり眠りました。

避妊手術は無事終わり、お腹からの子供を見せてくれました。 かわいそうな事をしましたが 私はふうちゃんの健康とこれからのみんなでの生活を考えて決断だったので ふうちゃんも理解してくれると自分に言い聞かせました。

夕方には自宅に戻り 3Fの北部屋に準備したベッドに寝かせました。 手術の痕をなめないように洋服を着せられていましたが いやがりもせず 食事ももどしたりもせず 世話を焼かせない本当に良い子です。

日中は異常に暑いのでクーラーをかけながら ドアは網戸にしておりました。 風が抜けたり この家の雰囲気や ミイとケイに一日でも早く慣れてもらおうと締め切りにはしませんでした。

ご飯も良く食べるし トイレもちゃんと猫トイレでするし 1週間後の抜糸まで 栄養がまんべんなく体にいきわたり 健康体になってくれればと願っていました。

が、この家に来て3日目の21日に下痢をしました。 その後様子を見ましたが下痢がとまる気配がなかったので あわてて 翌日22日に動物病院に連れて行き 診てもらいました。

先生いわく 環境が急に変わったのと 他の猫と遭遇したので ストレスで下痢を起こした可能性が高いといわれ お薬をもらって帰ってきました。 翌日は薬のせいか 下痢も止まり 落ち着きました。

26日(日)は手術後1週間の抜糸の日でした。 傷の治りはとてもよくよく 無事に抜糸できました。 本当に良かったと 主人とビールで乾杯しました。

でも 相変わらず ふうちゃんは網戸越しにミイとケイに 「フゥー!シャアー!」の連発で これからどうしようと思案しました。 このままずっとこの状態だったらどうしよう・・・。

初めての経験で どのように気持ちをもって どのように対処して行けばいいか わからなくて この先の生活をとても不安に思いました。

14-H190925.jpg


この続きは明日。



捨て猫を室内飼いにしようと決意
2007年09月23日 (日) | 編集 |
昨日の話の続きです。

裏庭に2匹を放しておきました。 夜7時ごろに(まだかなり明るいです)ご飯と水を取り替えに行きました。

メス猫はにゃあとかすれ声をあげながら 出てきましたが オスの黒猫は姿がありませんでした。 その辺を小1時間ばかり探しましたが 姿が見えませんでした。

裏庭は裏のおうちと接近しているので 裏のご主人と奥さんに事情を説明しました。 裏のおうちも 一時は4匹同時に猫を飼っていたことがあったので かなり理解してくださり 快諾してくれました。 感謝!

裏のご主人いわく メス猫はこの辺に居つくと思うけど オスはどっかに行っちゃうかもなぁとのことでした。 やはり その後 あの黒猫の姿は一度も見ていません。 

清掃センターから保護して シャンプーして 動物病院でフロントラインをしてもらって うちの裏庭に放した時が 最後の別れでした。 でもこの辺は住宅がいっぱいあるし 公園もあるし コンビニもレストランもあるし 誰かの施しで生きていけるのではないかと かすかに希望を持ちました。

人懐こい猫だったので きっと拾われて 飼ってもらえるかもしれないし・・・。

残ったメス猫ですが 裏庭に放して2-3日して 裏の奥さんいわく 「妊娠してるんじゃないの?」 もうその一言で あわてて 動物病院につれていき エコーでみてもらったら 案の定 4匹お腹にいて もう40日くらいにはなっているとのことでした。 猫は63日で生まれ ここからが成長が早いからといわれ ここで決断!

先生と相談、どのように生活していたかわからないが 子猫が無事に成長しているか お母さんの体力があるか 病気にかかっていないか・・・。

その結果 エイズや白血病やその他すべての血液検査をして 避妊手術+堕胎を同時に行うことにし ミイとケイと一緒に3Fで暮らさせようと決めました。

エイズと白血病は陰性。(つまりかかっていないということ)
血液検査も腎臓の数字が高いだけで(ただし1ヵ月後の再検査は要。) その他は良好。

ミイとケイと暮らせると思って その日のうちに 家に入れました。

家に入れると言っても 動物病院の先生はケージを用意し それに1ヶ月くらいいれて・・・とかおしゃってましたが 翌日すぐに避妊手術だったので 抜糸まではケージは無理と 北側の1室をメス猫専用にしました。

8月14日保護
8月15日から8月18日まで裏庭
8月18日の夜から3Fの北側の部屋
8月19日避妊手術 ~ 北側の部屋

名前がないと不便と思い 「ふう」と私がつけました。
8月14日のお盆の最中に保護し 家には亡き母がきていましたので 母の名前の一字の「ふ」をもらって 「ふう」ちゃんにしました。

ふうちゃんを8月18日の夜 3Fの北側の部屋に入れてわかったことなのですが この子は完全に飼い猫でした。 それまでは飼い猫か野良猫か不明だったのですが・・・。

昼間に買っておいた猫砂を入れた猫トイレでちゃんと用を足しました。私がふとんをひいて 同じ部屋で横になったら 腕のところに来て コロンとなり 私の腕を枕にクークー寝入ったのです。

相当びっくりしました。 その時はじめて 飼い猫でちゃんとしつけられていて どういう経緯であの清掃センターにいたのかわかりませんが ふうちゃんの過去の人生を垣間見たようでした。

13-H190923.jpg


又話が長くなりました。 明日に続く。



8月14日 捨て猫2匹との出会い
2007年09月22日 (土) | 編集 |
ふうちゃんの話の続きです。

父が倒れ 毎週末田舎に通っていました。 お盆はこちらで準備をしないといけないので 戻っておりました。

お盆の最中でしたが 家の中が汚くみえて なぜか大掃除をしたんです。 それで大量の燃えるごみ、燃やさないごみなどが出たので 市の清掃センターへ直接持ち込みました。

その清掃センターのプラスチック資源ごみ置き場に 2匹の猫がいました。 人懐こく 私が「どうしたの?」と声をかけると いちもくさんによろよろと寄ってきて かすれた声で「にゃあ、にゃあ」と鳴きました。

1匹は真っ黒の猫で もう1匹は 後の我が家のふうちゃんになるサバトラの猫で もうガリガリにやせていました。 あと2-3週間したら 餓死するんじゃないかと思いました。

プラごみ置き場は残飯などはなく プラごみしかないんですよ。 猫たちはプラごみについている液体のにおいで食べ物があると思って プラごみの前をうろうろして なめたりしていたようです。

そして本当に汚いプラごみ置き場にいるので ものすごい汚れようで・・・。職員の人に聞いたら 約2ヶ月前くらいから 住みついたとのこと。 えさは一切やっていなかったとのこと。 この清掃センターは広大な広さの田んぼの真ん中にポツンとあります。 民家などなく 職員以外で 猫にご飯を差し出す人は皆無と思われました。  

あの異常な暑さ、食べる物もない、この劣悪な環境の中で 「連れて帰る! 2匹をどうしても連れて帰る!」そう決めました。 一旦家に戻り キャリーケースと猫缶とカリカリとお皿を持って 再度清掃センターへ行き 保護しました。

猫缶とカリカリの食べようといったら 今思い出しても ぞっとするほどの食べ方でした。それですんなり保護することができました。 

あまりの汚さにこのままでは動物病院に連れていけないと思い 家のお風呂場で1匹づつシャンプーしました。 ミイとケイさえも一度もシャンプーしたことが無いのに この時はもう夢中で 右腕、左腕、太もも 引っかかれ 傷だらけの血だらけ。 もう私も必死でした。

その後 再度猫缶詰とカリカリを出すと これもペロリとたいらげました。 たった3時間くらいの間に食べた量は1匹にあたり80gの猫缶が3つとカリカリ25gが3つづつです。

で、毛が半乾きでしたが 動物病院に連れて行き 外にいたので ノミ、ダニ、回虫を駆除するフロントラインをしてもらい 家に戻ってきました。

家に戻ってきたと言っても 先住猫のミイとケイがいるので すぐに家に入れるわけにも行かず (この時点では まだこの2匹が猫エイズや白血病をもっているかどうか検査していないので ミイとケイに接触させることはできませんでした。) とりあえず この2匹を 家の裏に放しました。

裏の庭は狭いのですが 日陰で風のとおりもよく ご飯のお皿と水をたっぷり入れて とりあえず 放したのです。

2匹とも4時間くらいの環境の激変に疲れたのか キャリーケースから出ると 逃げることもなく その辺のところに 座りこんでしまいました。

私はというと 家に上がり 自分の傷に順番にマキロンつけていきました。 結構 傷が深かったです。 生まれて初めて猫に引っ掛かれました。


12-H190922.jpg


長くなりましたね。 この話は又明日。


ミイとケイに妹ができましたぁ!
2007年09月21日 (金) | 編集 |
大変大変 お久しぶりです。 やっと復帰できるようになりました。

ご心配をしてくださった皆様 本当にありがとうございます!


この7月、8月、9月は激動の夏でした。 倒れそうでしたよ・・・。

父は転院しました。 良いといえば良い状態です。 命が助かったのですから。


実はミイとケイに妹ができたのです。名前は「ふう」ちゃんです。
よろしくお願いします。

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これも話が長いのです。
市の清掃センターに捨てられていた飼い猫でした。

この話の続きは明日。

  



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